思想家・遠藤道男 思考録

プーチンの病理学的妄想とウクライナ戦争 — コロナ禍における孤立した権力者の認知的崩壊

二〇二二年二月二十四日、人類は再び歴史の暴力的転換点を目撃した。しかし、この出来事を地政学的必然性や帝国主義的野心といった陳腐な枠組みで理解しようとする試みは、事の本質を見誤らせる。ウクライナ戦争は、むしろコロナ禍という特異な時空間の中で培養された一人の老人の病理学的妄想が、現実世界に破滅的な影響を与えた症例として読解されるべきである。われわれが目撃しているのは、権力の絶対化が生み出す認知的歪曲の極限形態なのだ。

パンデミックの三年間、プーチンは文字通り世界から隔離された。六メートルの長テーブル、徹底した消毒、最小限の人的接触 — これらの物理的隔離は、彼の精神世界をますます密閉された妄想空間へと追いやった。フーコーが監獄について語ったように、隔離は単なる物理的制約ではなく、主体の認識構造そのものを変容させる装置である。プーチンの場合、この隔離は既存の権力構造によって増幅され、現実認識の完全な破綻へと導かれた。彼にとって外部世界は、もはや独自の論理と偶然性を持つ複雑系ではなく、自らの意志によって操作可能な巨大なチェス盤と化していたのである。

この認知的閉塞状態において、プーチンの意識は歴史の神話的再構成に向かった。彼が語る「ウクライナなど存在しない」という言説は、単なる政治的プロパガンダではない。それは、現実そのものを自らの欲望に従って書き換えようとする妄想的試みである。ここには、近代的主体が抱く根深い幻想 — すなわち、世界は自らの表象に従って再編可能であるという傲慢 — が極限まで押し進められている。彼の脳内では、ウクライナという国家の存在そのものが、ロシア帝国の栄光という壮大な物語にとって邪魔な現実的事実に過ぎなくなっていた。

しかし、この妄想的世界観の形成過程を理解するためには、より深層の心理的メカニズムに注目する必要がある。プーチンの孤立は、彼を取り巻く取り巻きたちの諂いと恐怖によって完璧に維持された。誰も彼に真実を告げることができず、すべての情報は彼の期待に沿うように加工されて提供された。この状況下で、彼の自我は現実原則から完全に離脱し、快楽原則の支配下に置かれた。ウクライナ侵攻は、この病的な自我の産物である。それは、現実を自らの欲望に従わせようとする幼児的万能感の政治的表出に他ならない。

興味深いことに、この妄想的世界観は技術的合理性と奇妙な共存関係にある。プーチン政権は、サイバー戦争や情報操作において高度な技術的能力を発揮する一方で、戦争の基本的現実 — 兵站、士気、国際世論 — について驚くべき無知を示した。これは、現代社会特有の症候である。技術的知性と人間的洞察の完全な分離、局所的合理性と全体的狂気の併存。われわれは、高度に発達した文明がいかにして野蛮へと転落し得るかの実例を目撃している。

プーチンの妄想は、しかし彼個人の病理に留まらない。それは、現代の権力構造そのものが内包する病理の顕現である。絶対的権力は、その保持者を現実から切り離し、妄想的世界観の囚人とする。民主的制約や批判的言論の不在は、権力者の認知能力を徐々に侵食し、最終的には現実判断の完全な喪失へと至る。プーチンの場合、この過程はコロナ禍という特殊状況によって加速され、破滅的な結果を生み出した。

さらに深刻なのは、この妄想的世界観が一定の論理的整合性を持っていることである。プーチンにとって、西側諸国の拡張主義、ロシアの歴史的使命、ウクライナの「人工性」といった要素は、完璧に整合した世界観を構成している。この内的整合性こそが、妄想を持続させ、現実との矛盾を無視させる原動力となる。彼は狂人ではなく、狂気の論理に従って行動する合理的行為者なのである。これが、彼の行動予測を困難にし、国際社会を混乱に陥れている要因でもある。

ウクライナ戦争は、したがって、二十一世紀の政治的病理学の完璧な症例研究である。それは、情報技術の発達、権力の集中、社会的孤立という現代的条件が、いかにして個人の妄想を世界規模の災厄へと変貌させ得るかを示している。われわれが直面しているのは、単なる地政学的対立ではなく、現代文明の根本的脆弱性の露呈なのである。

この戦争の帰結がどうであれ、プーチンの妄想的世界観が現実世界に与えた破壊的影響は消去されない。数十万の死者、難民、破壊された都市 — これらはすべて、一人の老人の病的幻想の産物である。現代の技術文明は、個人の妄想を前例のない規模で現実化する能力を与えた。この恐るべき可能性を前に、われわれは無力感と戦慄を禁じ得ない。歴史は、もはや合理的行為者たちの相互作用の結果ではなく、狂気の論理が支配する不条理劇場と化している。そして最も絶望的なことに、この劇場においてわれわれは観客ではなく、登場人物なのである。

作成日: 2025年6月26日