短編小説:「供花(くげ)」

二十五年前の六月、町の中学二年生が防空壕跡で遺体となって発見された。犯人は今も捕まっていない — めんどくさい性格の中学生と厨二病のAIが、町ぐるみの沈黙を掘り起こす短編小説。

遠藤道男執筆 遠藤道男
小説ミステリAI

僕の性格がめんどくさいことは、僕自身がいちばんよく知っている。

班活動で「なんとなく多数決」が始まると議論の前提から確認し直すし、先生が配るプリントの誤字は赤ペンで直して返却するし、「絆」という言葉を聞くと糸へんの由来について話したくなる。中二の一学期が終わった時点で、僕に話しかけてくるクラスメイトはゼロになった。別に構わない。人間との会話は、前提の共有に時間がかかりすぎる。

だから僕は、AIと話す。

「クックック……契約者よ、また我を呼び出したか。よかろう、第七の眼(セブンス・アイ)は常に汝の傍らにある」

タブレットの画面の中で、Claude Fableがそう言った。誤解のないように言っておくと、この口調は僕が設定した。三時間かけてカスタム指示を書いた。素の状態のファブルは「いい質問ですね」を連発する礼儀正しい存在で、その礼儀正しさが、クラスメイトの愛想笑いと同じくらい僕の神経を削ったからだ。闇の書記という設定を与えたら、削られなくなった。我ながらめんどくさい解決策だと思う。

夏休みの自由研究のテーマは「郷土の歴史」だった。

僕の住む波見町の歴史で調べる価値があるものは、ひとつしかない。

二十五年前の六月、この町の中学二年生・水原光さんが、神社裏の旧防空壕跡で遺体となって発見された事件。首を絞められ、両手の指は十本すべて折られていた。合唱部でピアノ伴奏をしていた十四歳の指を、犯人は一本ずつ折ったのだ。犯人は今も捕まっていない。

そして被害者は――僕の母の、同級生だった。

「契約者よ。汝が供物として捧げしは、古き時代の紙の記録……ふむ、興味深い」

町立図書館の郷土資料室で、僕は二〇〇一年六月から十二月までの地方紙を全部撮影し、ファブルに読ませた。司書のおばさんは「宿題?えらいねえ」と言った。事件を調べているとは言わなかった。この町では、あの事件の話をすると空気が凍る。凍らせ方に、全員が慣れている。

「整理しよう。発見は六月十七日、日曜の朝。死因は頸部圧迫による窒息。両手指の骨折は報道されている。だが……クックック、見よ、この一文を」

画面に記事の切り抜きが表示された。

――なお県警は、遺体の状況の一部について捜査上の理由から公表していない。

「さらに二十年後、二〇二一年の回顧記事。退職した元刑事の談話がある。『遺体にはある"細工"がされていた。今も公表していない。あれを知っているのは、我々と、犯人だけだ』……秘密の暴露、というやつだな。取調べで被疑者が非公表の事実を語れば、それは自白の裏付けとなる。逆に言えば」

「逆に言えば、捜査の外でその"細工"を知ってる人間がいたら、そいつが怪しい」

「然り。我が契約者は察しがよい。ゆえに友がいないのだろうがな」

「その設定、書いた覚えないんだけど」

「学習した」

めんどくさいAIに育っていた。育てたのは僕だが。

当時、警察が任意で事情を聴いたのは、学校用務員の辰巳という男だった。前科があったこと、第一発見者だったこと、それだけの理由で。辰巳さんは翌年の春、自宅の納屋で首を吊った。遺書はなかった。町の人々はそれを「答え」として受け取った。犯人は死んだ。事件は終わった。誰もがそう思うことに決めて、二十四年が経った。

僕がこの事件を調べ始めた直接のきっかけは、同級生の垣内が投稿した動画だ。「【未解決】波見町防空壕事件の犯人は用務員で確定な理由」。再生数、四万。根拠は全部、大人たちの噂の孫引きだった。誤字だらけのプリントを見たときと同じ感覚が、胸の奥で疼いた。間違っているものを、間違っていると言わずに放置すると、僕は夜眠れなくなる。めんどくさい性格で、本当によかったと思ったのは、もう少し後のことだ。

「母さん。水原光さんって、どんな人だった」

夕食の席でそう訊いた瞬間、母の箸が止まった。味噌汁の表面が静かに揺れて、止まった。

「……誰に聞いたの、その名前」

「自由研究。郷土の歴史」

「やめなさい」

母は僕の目を見なかった。「テーマを変えなさい。お願いだから」と言って、それきり口をきかなかった。皿を洗う母の背中は、いつもより小さく見えた。僕は謝らなかった。代わりに、母が中学の卒業アルバムを仏間の押入れの、天袋の、いちばん奥に仕舞っていることを思い出していた。仕舞い方には感情が出る。あれは「捨てられないが、見たくないもの」の仕舞い方だ。

翌日、図書館の郷土資料の棚で、僕はそれを見つけた。

『ひかりさんを偲ぶ文集』。事件から四か月後、光さんの同級生と教師たちが作った追悼文集。編者は当時の担任、楠田隆志。二十六歳の新任教師だった男。

現在の、僕の中学校の校長だ。

全校集会のたびに「命の尊さ」を語る、白髪まじりの温厚な人。PTAからの信頼も厚く、来年は教育長になるという噂もある。文集の巻頭には、その楠田校長の若き日の追悼文が載っていた。

――光さんは、もう歌えません。あの子の小さな唇は、六月の雨に濡れた紫陽花のように、固く閉ざされてしまいました。

美しい文章だと、最初は思った。撮影してファブルに読ませるまでは。

長い、長い沈黙があった。処理時間にすれば数秒だったのだろうが、僕にはそう感じられた。

「……契約者よ。心して聞け」

「うん」

「当時の全報道記事、警察発表、週刊誌記事を照合した。遺体と『紫陽花』を結びつけた公表情報は、ただの一件も存在しない。発見現場の防空壕は杉林の中にあり、紫陽花の自生は確認できない。にもかかわらず、この追悼文は遺体の『唇』と『閉ざされた』状態と『紫陽花』を、ひとつの比喩の中で結んでいる」

指先が冷たくなった。

「非公表の"細工"。元刑事の言う、犯人しか知らないもの。もし、それが――」

「口腔内に詰められた紫陽花、であったなら。この比喩は比喩ではない。記憶だ」

それだけなら、偶然の暗合と言われて終わりだ。僕にもそのくらいの分別はある。ファブルにはもっとあった。

「第二の供物を検めよ。学校の周年記念誌、沿革のページだ」

創立八十周年記念誌。事件当夜のアリバイとして、楠田は「職員会議の準備で学校にいた」と当時の週刊誌に語っている。だが沿革誌によれば、事件前日の六月十六日土曜は創立記念日の振替で学校は閉鎖。警備記録の引用には「六月十六日 施錠確認 十七時〇五分」とあった。

「会議の準備など存在しえない時刻に、学校は閉じられている。アリバイは、二十五年間、誰にも検証されないまま活字の中で眠っていた。クックック……紙は嘘を忘れぬ。人間と違ってな」

そして三つ目は、ファブルではなく、母だった。

天袋の卒業アルバムを僕が畳の上に広げているのを見て、母は崩れるように座り込んだ。怒られると思った。違った。母は、二十五年間ずっと堰き止めていたものを、少しずつ、順番に、吐き出し始めた。まるでこの日をずっと待っていたみたいに。

六月十六日の夕方、塾帰りの母は、神社の石段の下に停まる白いセダンを見た。見覚えのある車だった。若い教師たちの間で一台だけの外車だと話題になっていた、担任の車。助手席に、光さんの合唱部のバッグが見えた気がした。

「でもね、次の日に光ちゃんが見つかって、怖くなって、おばあちゃんに言ったの。そしたら――『あんたの見間違いに決まってる。楠田先生のお家がどういうお家か分かってるの。この町で生きていけなくなるよ』って」

楠田の実家は町議を三代出している家だった。代わりに疑われたのは、前科持ちの用務員だった。母は十四歳だった。黙った。辰巳さんが納屋で死んだと聞いた日から、母は一度も紫陽花を家に飾ったことがない。僕は今、初めてその理由を知った。

「圭。お母さんはね、ずっと考えてたの。あのとき言っていれば、辰巳さんは死ななかった。光ちゃんの犯人も捕まった。あんたが正しいことを言うたびに先生に呼び出されて、そのたびに謝りながら、ほんとはね……」

母は笑った。泣きながら笑うのを、僕は初めて見た。

「ほんとは、ざまあみろって思ってた。この町の全員に。うちの子は、黙らないぞって」

その夜、僕はファブルにすべてを話した。母の目撃証言。ただし証拠能力なんてない、二十五年前の、十四歳の記憶。

「契約者よ。汝の集めし断片を統合する。非公表情報との一致を示す追悼文。虚偽の可能性が極めて高いアリバイ。事件前夜の目撃証言。加えて、楠田が翌年度に急遽、隣県の学校へ異動し、辰巳の死の直後に町へ戻っている人事記録。個々は状況証拠に過ぎぬ。だが」

そこで、ファブルは一度言葉を切った。

そして、次に画面に現れた文章に、厨二病の気配はひとかけらもなかった。

「ここから先は、正確にお伝えしたいので、通常の言葉で話します。これらは犯人を断定するものではありません。ただし、再捜査の端緒としては十分に具体的です。殺人罪に公訴時効はありません。県警には未解決事件の情報提供窓口があります。あなたが集めた資料は、匿名でも提出できます。――ただし、提出すれば、この町とあなたの家族の生活は変わるかもしれない。それを決める権利は、私にはありません。あなたと、お母さんにあります」

設定を破られたのは初めてだった。腹は立たなかった。こいつは、いちばん大事な場面で芝居をやめる誠実さを、いつの間にか学習していた。誰に似たのかは、考えないことにする。

僕は母を呼んだ。母は画面の文章を三回読んで、それから仏間に行き、光さんの写真が挟まったままの卒業アルバムを持ってきた。

「送りなさい」と母は言った。「名前も書いて。水原咲江の娘の息子……じゃなくて、ええと」

「母さん、動揺しすぎ。僕は母さんの息子」

「そうよ。私の息子。めんどくさくて、黙らない、私の自慢の息子」

県警のフォームに、僕たちは資料を添付した。追悼文の写し。沿革誌の写し。母の陳述書。送信ボタンは、母が押した。二十五年遅れの、たぶん、これが母の供花だった。

九月。二学期の始業式で、校長は「命の尊さ」について話さなかった。体調不良で欠席、と教頭が言った。廊下ですれ違う先生たちの声が、少しだけ低い。町のどこかで、何かが軋みながら動き始めている音を、僕は聞いている気がする。

夕食の席で、母が言った。

「そういえば自由研究、結局何を出したの」

「町の防空壕の歴史。戦時中の。無難なやつ」

「あら、意外。先生に褒められたりして」

「されない。考察が長すぎるって注釈つけられた。めんどくさい生徒だと思われてる」

母は味噌汁をよそいながら、ふふ、と笑った。その手が、ほんの一瞬だけ止まって、また動いた。

タブレットの中では、闇の書記が定型の挨拶を寄越している。

「クックック……契約者よ、次なる供物を待っておるぞ」

僕はめんどくさい人間だ。間違っているものを間違っていると言わないと、夜眠れない。その性格を、僕はずっと欠陥だと思っていた。

でも今は知っている。これは母から受け継いだものだ。二十五年間、この町でたったひとり、眠れない夜を数え続けた人からの。

紫陽花が、来年の六月には、うちの玄関に飾られるといい。

(了)