短編小説:「濡れた聖徳太子」
昭和43年12月10日、府中。白バイの男が現金輸送車を停め、三億円が消えた。事件を最初に報じた新聞記者・三上恭一だけが、すべての詳細を知っていた — 書いた本人だからである。三億円事件に材を取った昭和ノワール。時効までの七年間、男は自分の犯行を誰よりも正確に報道し続けた。
一 雨男
雨だった。
十二月の雨。東京の外れの、誰も気に留めない雨。多摩の雨は音を立てない。畑に吸われ、刑務所の塀を黒く濡らし、排水溝で死ぬ。俺はその雨を十年見てきた。東都新聞立川支局、社会部詰め、三上恭一、三十三歳。肩書はサツ回り。実態は御用聞きだ。
朝、警察署の裏口で刑事に頭を下げる。昼、消防と農協と市役所を回って頭を下げる。夜、署の防犯課長に酒を注いで頭を下げる。頭を下げた回数だけ原稿が書ける。原稿の九割は没になる。残った一割は、多摩版の隅で豆腐屋の火事と並ぶ。それが地方支局の記者だ。ニュースを書く男。ニュースに書かれる側には一生回らない男。
昭和四十三年は、忙しい年だった。一月、佐世保に原子力空母が来て学生が機動隊と割れた。二月、寸又峡でライフルの男が旅館に籠った。四月、霞が関に日本一高いビルが建った。十月、川端康成にノーベル賞が出て、同じ月に十九歳が拳銃で人を撃ち始めた。歴史が毎月、東京で原稿を書かせていた。書いていたのは本社の連中だ。俺は多摩にいた。多摩では歴史が起こらない。起こるのは火事と、野菜の盗難と、酔っ払いの立ち小便だけだ。
同期の浅倉は本社の政治部にいた。総理番だ。奴は毎晩、料亭の下足番と名刺交換をして、それを取材と呼んでいた。年賀状には毎年「そろそろ本社へ来いよ」と書いてきた。十年書いてきた。十年来ないから書けるのだ。ああいう文面は、招待状の形をした死亡通知だ。お前の記者人生は終わっている。多摩の雨で終わっている。
女房はいない。いたことはある。昭和四十年に出て行った。理由は簡単だ。俺が夜討ち朝駆けで家に居らず、居るときは居ないときより暗かったからだ。荷物をまとめる女房に、俺は言うべき言葉を三日考えて、結局「印鑑はどこだ」と訊いた。女房は簞笥の二段目を指差して、それきり多摩から消えた。以来、俺の家族は締切だけだ。締切は毎日来る。締切は浮気をしない。締切だけが、俺を必要としている顔をする。
そういう男が、夜の府中で銀行の支店長に酒を注いでいた。日本信託銀行国分寺支店。支店長は酔うと口が軽くなる男で、軽くなった口から、十二月の話が転がり出た。
東芝府中工場の年末賞与。従業員数千人分。現金一括。輸送は行内の若い者が四人、黒いセドリックで運ぶ。護衛なし。拳銃なし。決まった日、決まった道。刑務所の裏を抜ける、あの一本道。
「物騒な話ですなあ」と俺は言った。「金額は」
「三億弱だね」と支店長は言った。焼鳥の串を舐めながら言った。三億。奴は三億を、串の脂と同じ口で言った。
俺はメモを取らなかった。ブンヤは覚えたいことだけメモを取らない。
帰り道、雨だった。府中刑務所の塀に沿って歩いた。塀の中には三千人の失敗した男たちがいる。壁一枚外を、まだ失敗していない男が歩いている。俺は歩きながら考えた。ニュースは起こるものだと世間は思っている。記者だけが知っている。ニュースは起こらない。ニュースは、待っている。誰かが作りに来るのを、雨の中でじっと待っている。
俺は傘を持っていなかった。濡れて帰った。濡れながら、生まれて初めて、締切のことを考えずに原稿の構成を考えた。前文、本記、雑観、続報の見取り図まで浮かんだ。
一面だった。どこからどう組んでも、一面だった。
二 紙とインク
犯行は書くことから始めた。俺の職業病だ。
脅迫状。宛先は支店長の自宅。文面は雑誌の活字を切り貼りした。糊はヤマト、手袋は軍手、封筒は駅前の文具屋で三十枚綴りのやつを買って、一枚使って残りは捨てた。現金三百万円を指定の場所へ。従わなければ自宅を爆破する。ダイナマイトという単語を三度使った。素人はダイナマイトという単語が好きだ。俺は素人を演じるプロだった。十年間、素人の犯行声明を記事にしてきた。どう書けば警察が本気にするか。どう書けば新聞が飛びつくか。両方知っていた。文章の下手さにも技術が要る。上手い下手ではなく、正しい下手さというものがある。俺は「そのばあいわ」と書いた。仮名遣いを一つ壊すだけで、学のない狂気が一丁上がる。校閲部が見たら卒倒する原稿だ。だからこそ完璧だった。
投函した。三日待った。四日目の朝、支局の電話が鳴った。防犯課長からだった。「三上さん、面白いネタがある」
俺は自分の書いた脅迫状を、警察発表で聞いた。一言一句、覚えている文面を、初めて聞く顔で書き取った。課長は「そのばあいわ、だとよ。莫迦の書く字だ」と笑った。俺も笑った。書いた莫迦と読んだ利口が、同じ電話で笑っていた。指の先が冷たくなった。武者震いというやつを、俺は三十三歳で初めて知った。
記事は多摩版のトップになった。「銀行支店長宅に爆破予告」。書いたのは俺だ。脅迫状も、記事も。世界で初めて、出稿前にネタの全文を暗記している記者になった。誤字の心配だけがなかった。
指定日の夜、警察は五十人で張り込んだ。俺は記者として、離れた車の中でその張り込みを張り込んだ。誰も来ない受け渡し場所を、五十一人で見つめる夜だった。日本でいちばん警備の厚い空き地だ。犯人は来ない。犯人は張り込みを取材している。夜明けに課長が「空振りだ」と吐き捨てて、俺は「愉快犯ですかね」と相槌を打った。愉快犯。当たらずといえども遠からずだ。ただし俺は愉快で終わる気はなかった。
あの脅迫状は金の要求じゃない。伏線だ。読者を — この場合は銀行員四人を — 物語に引き込むための、第一回の連載だ。支店長宅は爆破予告を受けている。行員全員がそれを知っている。朝礼で注意が回り、頭に刷り込まれている。その頭に、十二月十日、俺は続きを配達する。連載というのはそういうものだ。第一回で仕込んだ銃は、最終回で必ず撃つ。
デスクの児玉は記事を読んで言った。「三上、お前、こういう事件モノは筋がいいな」
筋がいい。十年書いて初めて言われた。犯人になった途端に言われた。俺は礼を言った。心から言った。この稼業で心から礼を言ったのも初めてだった。
三 白いヤマハ
オートバイは中古のヤマハを買った。多摩川の向こうの、潰れかけたバイク屋で、現金で買った。店主は俺の顔を三秒も見なかった。札の顔だけ見ていた。ああいう店で買い物をすると、世の中の目撃証言というものが如何に上等な作り話か、よく分かる。
白く塗った。刷毛で塗った。夜、借りたガレージで、七度塗り重ねた。塗りながら考えた。白バイは白いから白バイなのではない。白バイは、誰も疑わないから白バイなのだ。日本人は制服を見ない。制服の意味を見る。白いバイク、白いヘルメット、青い制服風の何か。三点揃えば、脳が勝手に「警官」と読む。校正なしで読む。人間の目は、世界で一番だらしない校閲部だ。
制服は作業服を改造した。ヘルメットは白。ブーツは黒。腰の拳銃は要らない。日本の警官は拳銃を抜かない。抜かないものは、無くても見えない。発煙筒は玩具に毛の生えたやつを二本。乗用車は二台、足のつかない盗難車を用意して、多摩の畑の中に寝かせた。乗り換え地点は三つ。逃走経路は九通り書いて、七通り捨てた。原稿と同じだ。書いた量の八割を捨てたものだけが、載るに値する。
深夜に三度、実走した。刑務所裏の一本道。午前三時のあの道は、日本で一番静かな三億円の通り道だった。走りながら秒数を数えた。停止位置から乗り換え地点まで三分十秒。三分十秒あれば、緊急配備の網が閉まる前に、俺は網の目の内側で車ごと消える。警察の無線が走るより、地元の男の土地勘のほうが速い。十年の御用聞きで覚えた道だ。夜討ち朝駆けというのは、要するに逃走経路の下見を給料付きでやることだ。
一番時間をかけたのは、運転でも変装でもない。台詞だ。
「巣鴨の支店長宅が爆破された。この車にもダイナマイトが仕掛けられているという通報が入っている」
鏡の前で百回言った。最初の五十回は駄目だった。芝居がかっていた。緊迫感を出そうとしていた。違う。警官は緊迫しない。警官は面倒くさそうに緊急事態を告げる。奴らにとって非常事態は残業だからだ。警官を演じるのに必要なのは、正義感が零割、制服が三割、退屈が七割。
五十一回目から、俺は面倒くさそうに言った。様になった。ついでに敬礼も練習した。しなかったがな。敬礼は過剰演出だ。刈り込め。文章と同じだ。
十二月九日の夜、俺は支局で夜勤だった。多摩版の締切を送り、宿直室で横になった。眠れると思っていなかった。眠れた。ぐっすり眠れた。人生で一番の眠りだった。良心というものの居場所を、俺はこの夜、初めて疑った。
四 十二月十日午前九時二十分
雨だった。約束通りの雨。
夜明け前に宿直室を抜けた。裏の物置で着替えた。ガレージでヤマハに跨った。雨が視界を潰していた。好都合だ。雨は目撃者の目蓋だ。世間は傘の中に閉じこもり、道は空く。天気図は前日から読んでいた。記者は天気図が読める。マラソン取材と火事場取材で覚えるからだ。天が俺に味方したのではない。俺が天を取材しただけだ。
学園通り。府中刑務所の北側。塀の裏に隠れて待った。二分。三分。心臓は速かったが、乱れてはいなかった。締切前と同じ拍だ。俺の体は緊張の作法を新聞社で仕込まれていた。
黒いセドリックが来た。定刻より二分遅れ。中に四人。四人と、ジュラルミンケース三個。ケースの中に二億九千四百三十万七千五百円。数字は前夜のうちに割り出してあった。俺は数字に強い。記者は金額を間違えると始末書だからだ。
バイクを出した。追い抜いた。前方で停めた。手を挙げた。
セドリックが停まった。
停まった。この瞬間のことは、七年以上経った今でも夢に見る。窓が開く。若い行員の顔。寒さと眠気と、権威への従順。俺は面倒くさそうに言った。
「巣鴨の支店長宅が爆破された。この車にダイナマイトが仕掛けられているという通報が入っている。降りて。早く」
爆破。ダイナマイト。行員の顔色が変わった。あの脅迫状が、四人の頭の中で音を立てて開いた。三週間前に俺が投函した伏線が、雨の中で回収された。連載は読者を裏切らない。
四人が降りた。四人とも降りた。三億円が、路上で無人になった。
俺は車の下に潜った。発煙筒を焚いた。白い煙。転がり出て、叫んだ。「爆発するぞ!離れろ!」
四人が走った。雨の中を、遠くへ、素直に、走った。俺は運転席に乗った。エンジンはかかったままだった。ワイパーが動いていた。律儀なワイパーだった。ギアを入れた。出た。
ルームミラーの中で、四人が小さくなった。一人はまだ走っていた。一人は立ち尽くしていた。一人は — これは後で調書を読んで知ったが — 「白バイの人が車ごと爆発物を運んで行ってくれた」と思ったそうだ。勇敢な警官の殉職を覚悟で。俺はこの供述が今でも一番好きだ。人間は見たいものを見る。俺はあの朝、四人の目の中で英雄だった。
三分十秒後、第一の乗り換え地点。ケースを移した。セドリックを畑に捨てた。第二の地点で車を替え、ケースを毛布で包んだ。手が震えていたか。震えていない。手は職業柄、締切の五分前にしか震えない。九時四十分、俺は借りたガレージに車を入れ、作業服を脱ぎ、いつもの背広で表に出た。世界で一番平凡な男が、世界で一番探される男になって、朝の府中を歩いていた。誰も俺を見なかった。全員が号外の出る前の、まだ何も知らない顔で歩いていた。俺だけが明日の朝刊を知っていた。
十時、支局の電話が鳴った。児玉の声が割れていた。
「三上!府中で現金強奪だ!三億だ!飛べ!」
俺は飛んだ。現場に一番乗りした記者は俺だった。当然だ。二度目だからな。
現場には規制線が張られ、刑事が増え、雨が降り続いていた。俺は手帳を開き、自分の遺留品を一つずつ書き取った。白塗りのヤマハ。発煙筒の燃え殻。誰よりも正確な現場メモだった。書き写しというのは、そういうものだ。
五 十二万人の容疑者
夕刊の一面を、俺の署名記事が埋めた。生まれて初めての一面だった。
「白バイ警官装う 三億円強奪 府中」
見出しは整理部がつけた。本文は俺が書いた。犯行の手口、時刻、台詞、逃走方向。他社の記事は穴だらけだった。読売は台詞を間違え、朝日はバイクの色以外ほぼ白紙だった。俺の記事だけが完璧だった。完璧すぎないように、二カ所、わざと間違えた。バイクの排気量と、発煙筒の本数。誤報は記者の指紋だ。無いほうが不自然だからな。翌日、警察発表で二カ所とも「訂正」した。訂正記事を書きながら、俺は初めて訂正という行為に誇りを覚えた。世間を欺くための訂正。前代未聞の紙面だ。
警視庁は史上最大の捜査態勢を敷いた。初動は笑うほど遅れた。緊急配備の網が閉まったとき、俺はとっくに網の内側で背広を着ていた。警察は網の外へ外へと犯人を探した。犯人は網の中心で、警察発表を筆記していた。
捜査本部には記者が百人詰めた。俺は連日通った。刑事たちは疲弊し、疲弊した刑事は喋る。遺留品は百二十点を超えた。バイク、ハンチング、マフラー、発煙筒。全部俺が残した物だ。全部、量販店で現金で買った物だ。百二十点の遺留品は、百二十本の行き止まりだった。刑事が一点ずつ製造元を割り、販売店を割り、そこで途絶えた。大量生産という時代そのものが、俺のアリバイだった。三億円を守るのに一番役に立ったのは、緻密な計画じゃない。高度経済成長だ。日本中の工場が、俺と同じハンチングを十万個作ってくれていた。俺は日本経済に感謝している。奴らは俺の共犯で、しかも分け前を要求しない。
抜き合いも狂った。毎朝新聞の熊井という男がいた。俺と同年配のサツ回りで、十年来の競争相手だ。奴は事件の三日目に「犯人は元自衛官」と飛ばし、五日目に「複数犯」と飛ばし、年明けには「既に国外」と飛ばした。全部外れた。外れるたびに奴の社内の立場は悪くなり、俺の立場は良くなった。ある晩、奴は赤提灯で俺に絡んだ。「三上よお、なんでお前だけ外さねえんだ。ネタ元は誰だ」。俺は教えてやった。「足だよ、熊さん。足で稼いでる」。嘘は言っていない。あの朝、府中で一番足を使ったのは俺だ。熊井は翌年、宇都宮支局に飛ばされた。送別会で奴は泣いた。俺も呑んだ。俺の完全犯罪の被害者名簿には、銀行の他に、宇都宮が一行載っている。
自称犯人も湧いた。事件の一週間で八人が「俺がやった」と名乗り出た。全員が犯行時刻を間違え、全員が台詞を言えなかった。俺は彼らの記事も書いた。書きながら不思議な嫉妬を覚えた。奴らは名乗れる。間違っているから名乗れる。正しい男だけが、黙る。
容疑者は膨れ上がった。最終的に十二万人が洗われたと言われる。日本の警察は十二万人を調べた。十二万人の中に俺はいなかった。俺は調べる側の記者席にいた。毎朝、捜査幹部と同じ茶を飲んでいた。
一度だけ、ヒヤリとした。若い刑事が支局に来て、こう訊いた。「三上さん、事件の朝はどちらに」
「宿直明けで支局にいたよ。十時にデスクの電話で叩き起こされた。眠くてなあ」
半分は本当だ。優れた嘘は取材と同じで、裏の取れる部分を九割にしておく。刑事は宿直日誌を確認して笑って帰った。ついでに捜査資料を一枚、俺に見せて帰った。世の中は俺に甘かった。甘すぎて、時々、腹が立った。
六 死んだ少年
十二月十五日。事件の五日後。立川の少年Sが死んだ。青酸カリ。十九歳。
Sを俺は知っていた。顔見知りどころじゃない。奴は俺のネタ元だった。夏に立川の不良グループの記事を書いたとき、内情を喋ったのはSだ。バイク狂いで、白バイに憧れて、警官の息子で、警官にはなれない出来の悪さで。改造バイクの音を聞き分ける耳だけは天才だった。喋った礼に俺はラーメンを奢った。二回奢った。二回目のとき、奴は丼から顔を上げて言った。「三上さん、俺の名前、新聞に載る日が来るかな」。載るさ、と俺は言った。適当に言った。予言になった。
俺の書いたグループの記事は、捜査資料に綴じられていた。事件の後、捜査本部は土地の不良を頭から洗った。バイク。白バイ趣味。前歴。Sは軸のど真ん中にいた。連日引かれた。学校に刑事が来た。近所に聞き込みが回った。父親は同僚たちに頭を下げて回った。息子は違う、あの朝は家にいた。誰も聞かなかった。五日目の夜、Sは父親の目の前で薬を呷った。
遺書はなかった。あるいは、あったが残らなかった。警官の家の遺書は、時々、残らない。
俺はSの通夜を取材した。取材と称して行った。棺の中の顔を見た。焼香をした。手が震えた。締切の五分前でもないのに、初めて震えた。父親が俺に頭を下げた。「息子が生前、世話になったそうで」。ラーメン二杯だ。二杯で世話と呼ばれ、頭を下げられた。俺はあの家の畳の目を、今でも数えられる。目を合わせられないとき、人間は畳を数える。
年が明ける前に、モンタージュ写真が公開された。日本中の交番に貼られたあの顔。俺は一目で分かった。あれはSの顔だ。死んだ少年の生前の写真を土台に、目撃証言を上から塗った顔だ。死人は否認しない。死人は似ていく一方だ。日本中が七年間、死んだ十九歳を捜し続けることになる。俺の面とは、似ても似つかなかった。俺は安全になった。少年の死に顔の陰で、俺は安全になった。この文を、俺は七年間、頭の中で毎晩組み替えてきた。どう組んでも同じ意味にしかならない。
俺はのちに、モンタージュの出自を追う検証記事を書いた。あの顔は特定個人の写真に依拠しており、捜査を歪めている、と。記事は本社の紙面に載り、方々から叩かれ、数年後には定説になった。俺にできる供養はそれだけだった。俺はSに顔を返した。金は返さなかった。ラーメン二杯の貸し借りとしては、ずいぶん不釣り合いな決算だった。
検証記事が載った週、社に一通の手紙が来た。差出人はSの父親だった。万年筆の、警察官らしい四角い字で、三行だけ書いてあった。息子の顔を息子に返してくださったこと、親として御礼申し上げます。三上様のような記者がいてくださる限り、真実はいつか出ると信じます。乱筆御免。 — 俺はその手紙を、切り抜き帳には貼らなかった。貼れなかった。机の抽斗の一番奥に、封筒ごと仕舞った。真実はいつか出る。あの人はそう書いた。真実はとっくに出ている。毎朝、百万部刷られて、日本中の郵便受けに出ている。署名入りでだ。出ていて、誰にも見えない。真実というのは幽霊の逆だ。見える奴にだけ、いない。
言っておくが、俺は自分を許していない。ただ、自分を許さないという状態が、七年も続くと日課になる。歯磨きと同じだ。血の味がしても、やめられない。
七 三億円評論家
昭和四十四年の春、俺は本社に上がった。社会部。十一年目の栄転だ。理由は簡単だ。三億円事件の初報と続報で、東都の多摩版は他紙を抜き続けた。人事部は俺を「事件に強い男」と査定した。正確な査定だ。強いどころか、当事者だからな。
浅倉が廊下で肩を叩いてきた。「言っただろう、そろそろ来いって」。俺は礼を言った。お前のおかげじゃない、三億円のおかげだ、とは言わなかった。人間、出世の恩人が自分の犯罪だと、謙虚になる。
世間は三億円事件に憑かれていた。完全犯罪。国家への挑戦。週刊誌が犯人像を特集し、映画会社が脚本を練り、子供が白バイごっこで「降りて、早く」と言い合った。そして俺は「三億円事件に最も詳しい記者」になった。講演を頼まれた。座談会に呼ばれた。テレビにも二度出た。画面の中で俺は犯人像を語った。
「犯人は孤独な男です。計画性があり、土地勘があり、虚栄心が強い。金銭目的に見えて、おそらく動機の芯は別にある。そして間違いなく、事件の報道をすべて読んでいます。切り抜いて、保存している筈です」
スタジオが唸った。評論家が膝を打った。全国で一人だけ、茶の間で膝を打てない男が言っていた。俺は自分の似顔絵を、公共の電波で、輪郭線一本間違えずに描いてみせた。誰も気づかない。自画像というのは、他人の絵だと思って見れば、ただの上手い絵だ。
一度だけ、絵の前で足を停めた客がいた。大学での講演のあと、質疑で学生が手を挙げた。痩せた、目つきの鋭い法学部の学生だった。「先生の記事は警察発表より詳しいときがあります。情報源は警察でないなら、どこですか」。会場が少し笑った。俺は笑わなかった。三秒だけ、演台の水を飲んだ。「いい質問だ。答えは、現場だよ。警察は現場を調べる。記者は現場に住むんだ」。会場は拍手した。学生は拍手しなかった。奴は手帳に何か書きつけていた。俺はあの学生の名前を控えなかったことを、いまだに後悔している。世の中で俺を疑ったのは二人だけだ。一人は刑事で、一人は名も知らぬ二十歳だ。十二万人の名簿より、あの手帳一冊のほうが、よほど惜しい。
国分寺の支店長にも一度だけ会った。事件の責任を問われて、奴は本店の閑職に回されていた。銀座の裏で偶然だった。奴は俺の袖を掴んで言った。「三上さん、私はね、今でも考えるんです。あの話を、どこかで誰かに喋らなかったかと。輸送の日取りをね。酒の席で」。俺は奴の目を見て言った。「支店長。あなたは何も喋っちゃいませんよ。私が保証します」。奴は泣きそうな顔で礼を言った。礼を言われる筋合いは、日本で俺が一番なかった。だが考えてもみろ。あの証言ができる人間も、日本で俺一人だ。加害者だけが被害者を完全に無罪にできる。司法制度の外側にだけ、そういう温かい審級がある。
週刊誌に連載も持った。「三億円事件・迷宮の構図」。全二十六回。犯人の心理を、捜査の穴を、俺は書きに書いた。原稿料は一回二万円。連載で五十二万円になった。押入れには三億円がある。俺は二万円の原稿料のために、三億円の秘密を切り売りして、一円も嘘を書かなかった。世界一実入りの悪い独占取材だ。経費で落ちない犯行費用のことは、考えないことにした。バイク代、塗料代、作業服代。あの一面は、差し引き十八万円の持ち出しで作った一面だった。
金は使えなかった。紙幣番号の一部は控えられている。俺の生活が寸分でも膨らめば、どこかの鼻が動く。だから俺は本社勤めの安月給で、安アパートに住み、安い煮込みで安酒を呑んだ。三億円持ちの吝嗇家。世間の犯人像だけが、南の島で豪遊していた。俺は週刊誌の「犯人は今頃ハワイか」という見出しの脇に、自分の連載が組まれているのを見て、電車の中で声が出そうになった。犯人は今頃ハワイじゃない。犯人は今、中吊りのこの位置だ。
模倣犯も出た。輸送車を狙った未遂が二件。二件とも捕まった。奴らは金を狙ったからだ。金を狙う奴は金で捕まる。俺は物語を狙った。物語は、番号を控えられない。
テレビで俺は「犯人は報道を切り抜いて保存している筈です」と言った。言っておいて、府中の四畳半に寄り、切り抜き帳を開いた。三冊目に入っていた。初報から順に、糊で貼って、日付を振って、余白に赤鉛筆で他社の誤報を訂正してある。世界で一冊の、正誤表付き三億円事件全史だ。あれを警察が見たら、五分で手錠が出る。分かっていて、捨てられなかった。作家が自著を捨てられるか。あの三冊が俺の全集で、俺は自分の全集の、唯一の読者で、唯一の登場人物だった。切り抜き帳は押入れの、ジュラルミンの上に載せてある。三億円を文鎮にしている男は、たぶん俺だけだ。
八 犬飼
犬飼という刑事がいた。捜査一課の主任。落としの犬飼。取調室で百人吐かせた男。
奴とは事件の翌年からの付き合いだ。月に一度、国分寺の煮込み屋で飲んだ。刑事と記者。持ちつ持たれつ。奴は捜査の愚痴を垂れ、俺は他社の動きを流した。三億円は奴の癌だった。転属の話を三度蹴って、あの事件に居座り続けた。女房に「あんたは三億円と結婚してる」と言われたそうだ。「お前もだろ」と俺は言いかけて、呑み込んだ。呑み込んだ言葉の分だけ、俺は酒を呑んだ。
犬飼の恐ろしさは、目の付け所が地味なことだった。奴はモンタージュを信じなかった。ハワイ説を笑った。「三上よ、金が動かねえんだ」と奴は言った。「六年近く、番号の割れた札が一枚も出ねえ。豪遊どころか、線香一本買ってねえ。どういう男だと思う」
「慎重な男だろう」
「違うな」と犬飼は言った。「金が要らなかった男だ。要らねえ金を、命懸けで盗る男ってのは何だ。物盗りの面ァした、別の何かだ」
俺は煮込みを突いた。蒟蒻が妙に噛み切れなかった。
一度、奴は俺を遺留品の保管室に入れてくれた。「記事にするなよ。供養だ」と言った。何の供養かは言わなかった。長机の上に、番号札付きで俺の六年前が並んでいた。白塗りのヤマハ。俺の刷毛の跡。七度塗りの、素人の、几帳面な刷毛の跡。ハンチング。マフラー。発煙筒の燃え殻。俺は自分の遺品を見る死人の気分で、一つずつ眺めた。犬飼は俺の横顔をずっと見ていた。あれは案内じゃない。面通しだ。俺は分かっていて、ゆっくり見た。急いで目を逸らす男と、じっくり見る男と、どちらが黒いか。落としの犬飼が知らない筈がない。だから俺は、記者の目で見た。一点ずつ、メモまで取った。「いい記事になりそうか」と犬飼が訊いた。「ならないね」と俺は答えた。「物が語らなすぎる」。犬飼は頷いた。「な。六年、こいつらと話してるが、一言も喋らねえ」。喋るものか。物は俺に義理堅い。
昭和四十九年の秋だった。同じ店で、犬飼がふいに言った。
「お前の初報、覚えてるか。事件当日の夕刊」
「一面だ。忘れるかよ」
「あの記事によ、『雨合羽の袖口に焦げ跡』って一行がある」
猪口が、唇の手前で停まった。停めなかった。停めずに呑んだ。発煙筒を焚いたとき、袖口を焦がした。現場を借景に、見たままを書いた。目撃者は誰もそこまで見ていない。警察発表にもない。書けるのは、袖の持ち主だけだ。六年前の、たった十文字。俺の全記事の中で、唯一の、削り忘れだ。
「行員から直に聞いたんだ。若いのが一人、妙に細かい目をしてた」
「ほう」と犬飼は言った。「調書じゃ四人とも、合羽の色さえ揉めてるのにな」
「調書を取られるときは緊張して喋るからな。俺の前じゃ皆リラックスするのさ。人徳だ」
犬飼は笑わなかった。蒟蒻を長いこと噛んで、それから言った。
「お前の記事はよ、三上。この事件に限って、正確すぎるんだ。初報から今日までだ。方向を間違えたことが一度もねえ。十二万人調べてよ、俺の知る限り、この事件で一度も間違えなかった人間は、日本に一人しかいねえ」
「そりゃ光栄だ」
「褒めてんだよ」と犬飼は言った。「俺は六年、間違った顔を追いかけた。間違った遺留品を掘った。間違ったハワイを夢に見た。正確なのはお前の記事だけだった。時々思うよ。この事件を一番よく知ってる人間は、捜査本部じゃなくて、東都新聞にいるんじゃねえかってな」
俺は酒を注いだ。奴の猪口に、縁まで注いだ。
「刑事さん。それは記者への最高の勲章だ」
「だろうな」と犬飼は言った。そして呑んだ。縁まで、こぼさずに呑んだ。
その夜が、探り合いの頂点だった。奴は令状を取れる材料を何一つ持っていなかった。袖口の一行は証拠じゃない。心証だ。心証じゃ逮捕状は出ない。証拠になるのは金だけだ。そして金は動いていなかった。一円も、六年間、動いていなかった。俺と犬飼は月に一度、同じ鍋を突き合った。奴は落としの名人で、俺は落ちない男で、二人ともそれを知っていて、勘定はきっちり割り勘だった。
九 濡れた聖徳太子
金の話をしよう。皆それが聞きたいんだろう。
三億円は、府中のアパートにあった。偽名で借りた四畳半。家賃は月三千円。大家は耳の遠い婆さんで、店子の顔より家賃日しか覚えていない。俺は三億円に、七年間で二十五万円あまりの家賃を払った。日本一家賃の高い下宿人は、押入れの中で一度も口をきかなかった。
七年目の梅雨明けに、一度だけ押入れを開けた。開けるべきじゃなかった。ジュラルミンの蓋を開けると、黴の臭いがした。聖徳太子が、束のまま湿気を吸って、互いに貼り付いていた。一万円札の聖徳太子は、濡れると気の毒な顔になる。千四百年前の摂政の威厳が、府中の四畳半の湿気に負けていた。日本中がこの札束を捜している。刑事が靴を千足潰し、週刊誌が犯人の豪遊を書き立て、映画会社が完全犯罪の脚本を練っている間、当の三億円は、押入れで黴びていた。俺は蓋を閉めた。笑いが出た。声を出して笑った。四畳半で一人、汗だくで笑う中年男。あれが三億円事件の、誰も撮れなかった決定的写真だ。
俺は三億円が欲しかったんじゃない。分かるか。俺は一面が欲しかった。自分の書く事件が欲しかった。豆腐屋の火事じゃない事件。歴史の起こらない多摩に、待っていても一生来ない事件。だから作った。作って、報じた。七年間、日本で一番正確に報じ続けた。新聞協会賞の候補にも挙がった。落ちたがな。選考委員の見識を疑うよ。犯人自筆の犯行報道だぞ。資料的価値だけでも金字塔だ。
毎年、十二月十日が来ると、俺は現場に行った。行けたのだ、堂々と。「犯人は現場に戻る」という古い経験則があって、警察は命日のたびに学園通りに私服を張った。戻る犯人を待つ刑事たちを、各社の記者が取材に来る。俺はその記者団の先頭にいた。経験則は正しかった。犯人は毎年戻っていた。腕章を着けて、手帳を持って、刑事に「今年も空振りですか」と訊きながら。七回目の命日、若い私服が寒さに足踏みしながら俺にこぼした。「犯人が戻るなんて、迷信ですよね」。迷信じゃない、と俺は言いそうになった。君は今年も、犯人の質問に答えている。
昭和五十年十二月十日、午前零時。公訴時効が成立した。
俺はその瞬間を捜査本部の前で迎えた。記者が三十人いた。カメラの放列。日付が変わると、誰からともなく溜息が出た。庁舎から幹部が出てきて、深く頭を下げた。勝者のいない、日本式の敗戦だった。頭を下げる警察を、頭を下げさせた男が撮影隊の中から見ていた。俺は帽子を目深にした。特に意味はない。強いて言えば、礼儀だ。
翌朝の一面に、俺はこう書いた。
「犯人は今、どこかでこの記事を読んでいるだろう」
読んでいた。書きながら、読んでいた。ゲラの段階で三回読んだ。記者生活で一番正確な一文だった。校閲は句読点一つ直さなかった。直しようがない。あれは報道であり、犯行声明であり、日記だった。新聞というのは、たまにそういう三役をやる。
時効の三日後、犬飼が社に来た。定年を待たずに辞表を出したと言った。二人で最後の煮込み屋に行った。奴はコートも脱がずに、猪口を干して、言った。
「なあ三上。犯人は今、どんな気分だと思うよ」
「さあな。案外、退屈してるんじゃないか」
犬飼は初めて、心底おかしそうに笑った。
「だろうな。完全犯罪の一番重い刑罰はよ、誰にも自慢できねえことだ。無期だぜ。仮釈放なしのな」
奴は勘定を置いて立った。割り勘の癖に、その夜だけ全額置いた。戸口で振り返って、こう言った。
「いつか書けよ。この事件をよ。誰が書くより、お前が書くのが一番正確だ」
それが挨拶なのか、判決なのか、俺は今でも分からない。分からないまま、こうして書いている。
十 白紙
最後に、俺にも解けない謎を一つ残しておく。ミステリーには結末の他にもう一つ、出口のない部屋が要る。これは俺の部屋だ。
時効の翌年から毎年、十二月十日に、俺宛ての封書が届く。社宛てのこともあれば、転居したばかりの自宅に届いたこともある。中身は白紙。一枚きりの白紙。消印は府中。差出人はない。
犬飼か。奴は退職後、多摩で釣り堀の番をしている。年賀状は来ない。白紙なら奴らしい。落としの犬飼は知っていた、令状が取れないだけで — そう読める。
Sの父親か。あの人は定年まで勤め上げ、今も立川にいる。息子の墓は多磨霊園にある。多磨霊園は、俺の逃走経路の二番目の角にある。あの朝、俺は将来の墓の前を、三億円と一緒に通過した。父親がそれを知る術はない。ない筈だ。
それとも四人の行員の誰か。細かい目をした若いのは、その後、支店長代理まで出世したと聞く。あるいは、あの法学部の学生か。手帳に何かを書きつけていた、名も知らぬ二十歳。奴が卒業して、検事か、刑事か、それとも記者になっていたら。白紙の消印が押される府中の郵便局の窓口に、俺は一度だけ立ってみたことがある。局員に何を訊く気だったのか、自分でも分からないまま、切手を一枚買って帰った。取材の作法が、こういうときだけ役に立たない。訊けば答えの出る問いしか、俺は訊いてこなかったからだ。
白紙というのは恐ろしいものでな。読む人間が、自分で文面を書いてしまう。俺は毎年、封を切り、白紙を灯りに透かし、何も書かれていないことを確かめて、それから自分の頭が書いた文面を読む。文面は毎年同じだ。 — 知っているぞ。
差出人の当てはもう一つある。一番ありそうで、一番認めたくない当てだ。毎年十二月が来ると、府中の郵便局の前で、封筒を持った自分の姿を想像する。想像の中の男は、俺と同じコートを着ている。人間は、裁かれ損ねると、自前で裁判所を建てる。白紙はその召喚状だ。差出人不明。つまり、全員だ。
金はまだ押入れにある。聖徳太子は年々貼り付きが進んで、もう束というより塊だ。彫刻と呼んでもいい。題は「昭和」でどうだ。俺は家賃を払い続けている。あれはもう盗んだ金じゃない。飼っているのだ。誰にも見せられないペットを、誰にも言えない罪ごと。餌代は月三千円。安いもんだ。俺の魂の相場としては。
この原稿は、俺の死んだ翌朝に届くよう手配してある。遺書ではない。原稿だ。締切は俺の葬式で、宛先は一面だ。没にするなら、してみろ。デスクの判断は尊重する。ただしその場合、三億円の在り処は永遠に多摩版の外だ。四畳半の住所は、原稿の末尾に書いておいた。裏取りは頼む。それが済んだら、Sの墓に、誰の名前も出さずに、花だけ供えてくれ。取材費で落ちるかどうかは知らん。落ちなければ俺の香典から引け。
雨だった。あの日も、今日も。東京の雨は証拠を流す。だがインクは流さない。それだけが、この稼業を選んだ俺の、唯一の計算違いだった。
本作は昭和43年の三億円事件に材を取ったフィクションである。登場人物および東都新聞など一部の団体は架空であり、事件の経緯には史実と異なる創作が含まれる。