憂鬱の党派性 — 正しく世界を見る者たちの病について

二〇一〇年を境に、アメリカのリベラルな少女たちだけが際立って沈んでいった。八万六千人の高校生の記録が示すのは、世界観がひとつの薬理作用を持つという単純な事実である。意識は高まり、そして沈む。誰もその取引の明細を読もうとしない。

遠藤道男執筆 遠藤道男
うつ政治キルケゴールイデオロギーアメリカ

憂鬱の党派性 — 正しく世界を見る者たちの病について

疫学というものは、ときに小説よりも残酷な物語を語る。二〇二一年末、コロンビア大学の疫学者たちが発表した一本の論文は、アメリカの高校最終学年の生徒八万六千百三十八人を二〇〇五年から二〇一八年まで追った調査(Monitoring the Future)を解析し、ひとつの奇妙な曲線を描き出した。抑うつ的感情はこの期間、すべての青少年で上昇している。それ自体は誰もが知っている話だ。だがデータを政治的信条で切り分けたとき、曲線は分岐する。最も急峻に、最も高く沈んでいったのは、自らをリベラルと規定する少女たちだった。保守を自認する少年たちの精神は、相対的にほとんど無傷のまま同じ時代を通過している。そして決定的な細部がもうひとつある。リベラルな少女のなかでも、親の学歴が低い層において、抑うつのスコアは最高値を記録したのである。論文の著者たちは慎重な仮説を差し出す。政治化された出来事への曝露が、イデオロギー的なレンズを通して、異なる強度で精神に作用したのではないか、と。慎重すぎる、と私は思う。この曲線が語っているのは、世界観そのものがひとつの薬物であり、その副作用の分布表が初めて公刊された、ということなのだ。

通俗的な説明はすでに出揃っている。トランプ、SNS、気候不安。だがこれらの説明はすべて、憂鬱を外部からの侵入として描くことで、聞き手を安心させる機能を持っている。本当に不穏なのは、侵入ではなく代謝の問題として考えたときだ。キルケゴールは、絶望の深さは自己意識の高さに正確に比例すると書いた。意識が低ければ絶望もまた鈍く、自己が何であるかを鋭く意識する者ほど、その失調は深く牙を剥く。この定理を現代の語彙に翻訳することは容易い。リベラルな世界観とは、要するに高性能の光学装置である。それは構造的不正義を可視化し、微細な権力の傾斜を検出し、日常の無害な風景を傷の目録へと変換する。この装置を装着した十七歳の少女にとって、世界を正しく見ることと苦しむことは同義になる。彼女の憂鬱は認識の失敗ではなく、認識の成功なのだ。一方、保守的信条とは、この観点からすれば一種の形而上学的鎮痛剤である。神、国家、家族 — 世界には意味の秩序が実在するという想定は、薬理学的に言って極めて優秀に機能する。データが示す保守の少年たちの精神的無傷は、彼らが何かを見ていないことの帰結であり、そして見ないことは、少なくとも短期的には、生存戦略として合理的なのである。

だが話をここで止めるなら、それは保守系メディアがこの論文を引用するときの、あの満足げな身振りをなぞるだけだ。本当の倒錯は一段深いところにある。リベラルな文化圏において、憂鬱はもはや単なる副作用ではない。それは会費であり、資格証明である。苦しんでいないことは、意識が足りないことの徴候として読まれる。世界がこれほど壊れているのに平然としていられる人間を、この共同体は信用しない。かくして感受性の証明として悲しみが要求され、要求された悲しみは演技から始まり、やがて本物になる。精神は注文に応じる律儀な工場だからだ。ここに、親の学歴が低いリベラルな少女が最も深く沈むという事実の説明も含まれている。裕福な家庭の娘は、世界の悲惨を嘆きながらも、セラピストと進学カウンセラーと、いずれ訪れる大学の緑の芝生という緩衝材に守られている。彼女にとってイデオロギーは装飾品であり、維持費は親が払う。だが緩衝材を持たない少女は、世界観をその純粋な形で、つまり希釈されない絶望として服用するほかない。高価な世界観の維持費用は、常にそれを最も支払えない者に請求される。これは奢侈品の経済の、正確な反復である。

そして曲線は今後も上昇するだろう。なぜなら、この憂鬱を最も熱心に必要としているのは、少女たち自身ではなく、彼女たちの可処分時間を精算する装置の側だからである。プラットフォームの工学者たちは、とうの昔に発見している。怒りと悲しみは、あらゆる感情のなかで最も長く画面に指を留めるということを。午前二時、暗い部屋で世界の終わりについてのスクロールを続ける十七歳は、広告経済の観点から見れば、ほとんど理想的な経済単位である。彼女の絶望は計測され、最適化され、再供給される。治療もまた供給されるだろう — ただし月額課金の形式で。瞑想アプリ、オンライン認知療法、気分追跡ソフトウェア。病と薬を同一の資本が販売する市場ほど安定した市場はない。私はこの過程を嘆く気になれない。嘆きもまた、すでに商品として計上済みだからである。少女たちの涙で回転する機械は、静かに、極めて効率的に回転している。そして機械の効率とは、いつの時代も、それを止めるべきだという議論よりも常に一歩速いのだ。


出典

Gimbrone, C., Bates, L. M., Prins, S. J., & Keyes, K. M. (2022). The politics of depression: Diverging trends in internalizing symptoms among US adolescents by political beliefs. SSM - Mental Health, 2, 100043. https://doi.org/10.1016/j.ssmmh.2021.100043

PubMed: 34970649