短編小説「寒の水」

十六年ぶりに故郷の豆腐店へ戻った千夏。無口な父との一日を、冷たい水と身体の記憶が静かにつないでいく短編小説。

遠藤道男執筆 遠藤道男
短編小説AI小説Claude Fable5 effort:high

始発の各駅停車は、洲原の駅に六時十二分に着いた。改札を出ると、正面の観光案内板が新しくなっていて、知らないゆるキャラが笑っていた。それ以外は何も変わっていない。駅前ロータリーの噴水は冬のあいだ水を抜かれ、底にコインが二、三枚沈んだまま白く乾いている。

千夏はキャリーケースを引かずに持ち上げて歩いた。車輪の音が、この時間の商店街には大きすぎる気がした。

アーケードの入口の青果店はシャッターが下り、貼り紙が色褪せていた。文房具の岡田はコインランドリーになっていた。それでも角を曲がる手前で、豆を煮る匂いがした。甘いような、青いような、湯気ごと鼻の奥に入ってくる匂い。身体のほうが先に反応して、歩幅が狭くなった。

汐見豆腐店の硝子戸は、内側から明かりが滲んでいた。戸には昔と同じ「営業中」の札。ただし札を吊るす紐だけが、輪ゴムを繋いだ応急処置のままになっている。たぶん何年も。

戸を引くと、湯気が顔にかかった。

「──おう」

父は釜の前から振り向かず、それだけ言った。電話で今日帰るとは伝えてあった。何時とは言わなかったのに、驚いた様子がないのは、始発で来るしかないことを知っているからだ。この町に着く方法は、そう多くない。

「手ぇ洗ったら、寄せのほう見といて」

久しぶり、も、元気だったか、もなかった。千夏は上着を脱ぎ、壁の釘に掛けた。その釘の位置に手が迷わず伸びたことに、自分で少し驚いた。流しで手を洗う。一月の水道水は指の芯まで刺さる。この冷たさだ、と思う。十六年前、東京行きの始発を待つホームで、手袋を忘れた手をポケットに突っ込んでいた、あの朝と同じ温度の水が、いまも同じ管を流れている。

寄せ桶の前に立つと、父が背中越しに「にがり、そこ」とだけ言った。柄杓の重さ、豆乳の面がゆっくり膨らんで静まる呼吸、木蓋の湿った手触り。手順を言葉で思い出すより先に、手が動いた。身体は辞めていなかったのだ、と千夏は思った。辞表を出したのは頭だけだった。

七時を過ぎると、店先に人が来はじめた。

「あら」

最初の客は、隣の美容室の松原さんだった。木綿を二丁、それから厚揚げ。釣り銭を渡す千夏の顔をまじまじと見て、「ちーちゃん?」と言い、それから何かを言いかけて、やめた。代わりに「寒いわねえ」と言った。

「寒いですね」

「お父さん、朝はね、最近ラジオつけないのよ。音がうるさいんだって」

それだけ言って、松原さんは帰っていった。ラジオ。作業場の棚の上を見ると、埃をかぶったラジカセが、コンセントを抜かれたまま置いてあった。父は昔、演歌の番組を大音量でかけながら豆を挽いた。うるさい、と言い出すような人ではなかった。

昼近く、配達に出た。軽バンの助手席には診察券の入った茶封筒が置きっぱなしになっていて、千夏はそれを見なかったことにして、膝の上の豆腐の箱を抱え直した。市民病院の名前は、封筒の端から半分だけ見えていた。

配達先は三軒に減っていた。高校のころは自転車で九軒回った。潰れた仕出し屋の前を通るとき、父は何も言わず、ただ少しだけ速度を落とした。

「夜は、うち泊まるのか」

信号待ちで父が言った。

「泊まるよ。荷物、店に置いたし」

「そうか」

それきりだった。荷物、という言葉のところで、父の目がバックミラーのほうへ動いたのを千夏は見た。キャリーケースは大きい。二、三日の帰省にしては大きすぎることを、父は目測できる人だった。長年、豆の重さを手で量ってきた人だから。

午後、店番をしながら、千夏は帳場の引き出しを整理した。古いレシートの束の下から、輪ゴムで留めた葉書が出てきた。自分が東京から出した葉書だった。最初の三年ぶんくらいは律儀に出していて、そのあとは年賀状だけになり、それも途切れた。父は返事を一度も書かなかったのに、全部取ってあった。消印の順に揃えて。

葉書を元の場所に戻し、輪ゴムをかけ直した。輪ゴムは劣化して、指の中でぷつりと切れた。千夏は引き出しの奥から新しい輪ゴムを探して、留め直した。それから、戸の札を吊るしている輪ゴムのことを思い出したが、そちらはそのままにしておいた。

夕方、売れ残りの寄せ豆腐で、父が湯豆腐を作った。母がやっていたのと同じ、昆布を一枚敷くだけのやり方だった。仏壇に小鉢をひとつ供えてから、二人で食べた。テレビはついていたが、どちらも見ていなかった。

「東京の、あれは」父が箸を止めずに言った。「勤めのほうは、どうなってる」

「今月いっぱいで、区切りがつく」

区切り、という言い方を、千夏は自分で選んだ。父は「そうか」と言い、それ以上は訊かなかった。訊かないことが、この人の訊き方だった。十六年前もそうだった。行くのか、とも、行くな、とも言わず、ただ最後の晩に「東京は水が違うぞ」とだけ言った。豆腐は水だ、水が違えば別の豆腐になる──そういう意味の言葉として、千夏は長いことそれを憶えていた。呪いのようでもあり、餞別のようでもあった。

洗い物をしながら、明日の豆はもう浸けてあるのか、と訊きそうになって、やめた。訊けば、それは明日もここにいるという意味になる。言葉にするのはまだ早い気がした。代わりに水切り籠の椀を布巾で拭いた。拭き終わった椀を仕舞う棚の位置も、手が覚えていた。

風呂から上がると、家の中はもう暗かった。父は九時前に寝る。豆腐屋の夜は早い。千夏は昔の自分の部屋に布団を敷いた。部屋は物置になりかけていたが、机だけは昔のまま窓際にあって、天板の隅に、カッターで彫った小さな傷が残っていた。高校のとき、進路調査票を書きながら付けた傷だった。

布団に入っても、東京の部屋より天井が近い気がして、なかなか眠れなかった。眠れないまま、耳が家の音を拾った。水道管のかすかな唸り。アーケードを抜ける風。それから、階下で目覚まし時計が鳴る前に止まる音がして、父が起きる気配がした。まだ三時前だった。豆腐屋の一日は、日付が変わって間もなく始まる。今日という日は、まだ終わっていないのかもしれなかった。

階段の下で、水を使う音がした。釜に水を張る音。十六年、夢の中で何度も聞いた音だった。

千夏は布団の中で目を開けたまま、しばらくその音を聞いていた。それから起き上がり、椅子の背に掛けておいたセーターに袖を通した。廊下は冷え切っていて、階段の一段目が、昔と同じ場所で軋んだ。

その音に、階下の水音が、一瞬だけ止まった。